平城京造営時に古墳群破壊か

JR奈良駅(奈良市)近くで、4世紀後半~5世紀後半(古墳時代前期末~中期後半)の船や鳥、家などをかたどった埴輪(はにわ)や土器の円筒棺が見つかっていたことを奈良県立橿原考古学研究所付属博物館が25日発表しました。
周辺に未知の古墳群が存在したが、平城京の造営時に壊された可能性があるという。
2013年3月26日 朝日新聞
【筆者注】
平城京の建設に際して、古墳がどの様な扱いを受けたかというのは興味深いものがあります。特に特定の古墳の破壊を避けるような選別があったのかは興味深いことです。
当時は各古墳の被葬者についての伝承が今よりも正確に残っていたはずです。残された古墳と壊された古墳が、たまたまその存在場所に依るのか、それとも意図的に選ばれたのかは、当時の朝廷と古墳の被葬者との関係を知る上でも重要と思われます。
古墳に埋葬されていた者の中には、大和王権誕生以前からこの地を支配していた勢力の者がいるはずです。彼らと大和王権とのに有効な手がかりを与える事が期待できます。